第四話 半魚人がいなくなる日

それは、晴天の霹靂というヤツだった。 会社の先輩…仮にA氏としておく。A氏に誘われて、一杯だけ、と今日は会社 の飲み会に行った。そこで俺は、何の気なしに、半魚人の話をしてしまった。 「誰にもナイショですよ? 実は、うちの風呂場に、あの半魚人が住んでるん  ですわ」 A氏は、キョトンとした後、まるで俺を頭の悪いアホを見るような目で見た。 「はぁ?」 「はぁ? って…。いや、その…半魚人が」 「半魚人? 何、お前寝ぼけたこと言うてんねん。酔うてんのか」 俺はびっくりした。 「びっくりしないんです?」 「今時、半魚人飼ってるなんて嘘、小学生でもびっくりせぇへんわ」 「嘘?」 「空想上の生き物なんて、飼うの不可能やん。やめてくれよ、花粉症で  つらいのに、さらにつらいつまらんギャグ言うの」 先輩は、シュンと鼻をならしながら、肩をすくめてそう言った。 …。嘘…。 「…お前、大丈夫か?」 A氏の俺を見る目が、アホを見る目から、本気で心配する目に変わったので、 俺は、それ以上半魚人の話をするのをやめて、ごまかした。 考えてみると、半魚人の存在なんて、図鑑に乗ってはいない。 珍しいので、見つかったら研究所へ連れて行かれるとか、沼や海に住むもの だから、風呂場にいるなんておかしいとか、そういった考えは持っていたが、 よくよく考えたら、アイツは空想上の生き物ではないか。世間的に、存在しな い、河童とか、ユニコーンとか、龍とか、そういったのと同種のもののはずだ。 「…酒臭いですなぁ」 家に帰ると、俺は玄関で靴を脱ぎながら倒れてしまった。 どうやら自覚はなかったが、飲みすぎたらしい。 半魚人は、タバコをプカリと吸いながら、けだるそうに風呂から出てきた。 浴室暖房機のおかげか、風呂場から暖かい風が吹いてくる。 俺は、玄関で倒れたまま、半魚人を足の先から頭の先まで、ゆっくりと見上げて いった。 白い肌。ウロコは見えない。ぬめぬめしている。いや、これはさっきまで風呂 に入っていたからか。細い。細いのは、別に半魚人の証拠じゃない。 どうして俺は、こいつを半魚人だと信じて疑わなかったのだろうか。 どこからどう見ても、絵本とかに出てくる半魚人とは、容姿が違うのに、何で 俺はコイツのことを半魚人だと信じて疑わなかったのだろう。 「…半魚人」 コイツの正体が分からないので、俺は迷った末に、ヤツを半魚人と呼んだ。 「何ですか?」 「お前が、半魚人たる証拠は何や」 床に転がったまま、顔だけあげてそう聞くと、半魚人は、タバコの煙をプカァ と吐き出して、俺を冷たい目で見下ろした。 そして、しばらく考えた後、こう答えた。 「そうですなぁ…。確たる証拠なんて、無いかもしれませんなぁ」 「…そうか」 「そうです。強いて言うなら…エラ呼吸とか?」 半魚人は、プカリとタバコを吸うと、「変なお人やな、ホンマ」とつぶやき、 また風呂場に戻っていった。 俺はその後姿を目で追いながら、玄関で意識を失った。 ―――明日、もう少し問い詰めてみよう。 しかし次の日、俺は半魚人をもう少しどころか、これっぽっちも問い詰める ことはできなかった。俺が目を覚ますと、汚かった風呂場が、ピカピカに磨 かれていて、そして、半魚人は姿を消していたのだ。 玄関で寝てしまった俺の横には、桜の開花を報じる今朝の新聞と、水のはいった コップが、チョコンと置かれていた。書置きは一切なかった。俺は、そういう ことか、と頭で理解しつつも、呆然とした。 もちろん半魚人は、夜になっても戻ってこなかった。 それは、晴天の霹靂というヤツだった。

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