第ニ話 半魚人と鍋をつつく日

半魚人が来てから早いもので、もう一ヶ月経った。 ヤツはあいかわらず俺の風呂に居座り続け、そしてあいかわらず出て行く 様子が全く無い。そういう意思が感じられない。 しかし、俺と半魚人の間に進展はあった。 「…先月、ガス代がアホみたいに高かったで?」 一緒に鍋をつつきながらそう聞くと、ニマァと半魚人は笑った。 「そりゃ、悪いですなー」 一ヶ月暮らしても、コイツの言い方はいちいち勘にさわるのは変わりないの だが、それでも、一人ではできなかった鍋や焼肉が、こいつがいるおかげで 気兼ねなく食べることができるようになった。仕事柄、夜遅く帰ることが多い ので、外食なんてできない。一人でコンビニの弁当を食べる生活から脱け出せ たのは、けっこう嬉しかった。 『一緒に晩飯食べるか』と聞いた時、こいつも口をカパァと開けて笑ったので、 多分一緒に食べる方が嬉しいのだろう。その証拠に、最初の頃は一人で勝手に ごはん炊いて食べたり、買い置きのパンを食べたりしていたのに、最近は朝食 も夕食も風呂場から出てきて、俺と一緒に食べるようになった。 「お前、魚類ばっかり食べへんと、野菜食えよ」 「俺は魚が好きや」 野菜を食べない俺の皿に、ヤツが白菜やら春菊やらを放り込んできた。 俺はそれを黙って鍋の中に戻す。ヤツが小さく舌打ちをした。 「野菜を食えよ」 俺は、手近にあるゴハンをかきこみながら、返す。 「お前が食え」 最近は、この半魚人との会話にも耐性がついてきて、俺もかなり強くなった。 「魚類に野菜を食わせるなよ。っつーか、食べへんのなら買ってくるなよ」 「栄養が偏るやろ」 「矛盾してるやろ。なら、野菜食えよ」 「俺は、野菜のエキスがしみこんだ魚を食ってんねん。お前は共食いになるから、  魚食ったらあかんやろ。俺なりの健康への配慮と、お前への優しさやん」 「魚類で魚食べるやつより、野菜食べるやつの方が少ないっちゅーねん」 半魚人は、もう一回舌打ちをして、俺が戻した野菜を自分の皿についだ。 「…俺は、あんたにエキスとられた残りかす食わされてるんか」 文句を言いつつ、ハフハフ食べるところを見ると、多分こいつは野菜が好き なんだと思う。しかも白菜と春菊やキノコ類が好きそうだ。俺はビールを ぐびっと一口飲んで、また魚をとった。 「お前、俺に野菜ばっかり食わせて、俺の肉を食べようとか思ってへんやろうな」 「アホか。そんな気色悪いもん、食べたら死ぬわ」 本気で心配していそうな半魚人にそう答えると、ニマリと笑った。 何か、本当に『信頼してまっせ』と言いたげな、嬉しそうな顔に、俺は少し むかついた。 「食べへんけど、俺は春になって、お前の命が保障されたら、放り出すで?」 「分かってるって」 半魚人は、味ポンを皿に注ぎ足して、鍋から野菜をとった。 鍋や焼肉を食べたくなるのは、別に冬場だけではない。 彼女ができるまで、こいつが居座ってもいいかな、と最近は思っているなんて いうことを、見透かされたようで、俺は余裕な様子の半魚人に箸を投げつけた。 「いきなり何、箸を投げつけてんねん」 「そう、ガス代は払えよ」 「お前、何でそういきなりそんなこと言い出すねん」 一ヶ月。半魚人との関係に、進展はあった。 3日でも動物を飼うと情が移るというが、俺は半魚人なんかに情がうつった らしい。

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