第一話 半魚人が来た日

 仕事が終わり、疲れて部屋に帰ってきたら、鍵が開いていた。  泥棒か、とあわてて部屋に入り、みまわすと、風呂に半魚人が入っていた。  度肝をぬかれた。  濡れているせいもあるだろうが、このぬめぬめした体は間違いない。半魚人だ。  半魚人は、帰ってきた俺を見て、「オウ」と、まるで十年来の友人のような  顔で、手をあげて挨拶をしてきた。気持ち悪い姿をしているわりには、なれ  なれしい。しかも、風呂につかっていながら、俺が戸棚に買い置きしておいた  タバコを、勝手に吸っている。  「何で半魚人が俺の風呂場におるねん」  俺のもっともな問いに、半魚人は風呂場できょとんとした。  「来たらあかんのですか?」  半魚人が来ていいか悪いか、ではない。俺の部屋の俺の風呂だ。見知らぬ人間が  俺の許可無しに入っていいわけがない。かわいい女の子でも嫌なのに、半魚人  なんて、論外だ。  「どうやって俺の部屋に入ったんや」  「管理人さんに、『友達です』って言ってあけてもらいましたー。いやー、   ええ人ですなぁ、あのおばあちゃん」  プカァ、とタバコの煙をふかして、半魚人は笑った。口がニィッと横に広がる。  このマンションが、けっこうきれいなのに家賃が安いわけが分かった。管理人の  目がふしあななのだ。半魚人を友達に持つような人間だ、と俺は思われているの  だ。ショックだ。訴えたい。  「出て行け」  「…冷たいお人ですなぁ」  半魚人は、プカァと煙を吐きだしてから、ため息をつくようにこう言った。  「よぉく考えてみてください? もうすぐ冬でしょ? 俺は寒さには弱いん   ですわ」  何を常識のように言ってるかは知らないが、俺は半魚人の知識なんて無い。  「だからどうやっちゅうねん」  「今外に出たら、凍死します」  「…まだ秋やん?」  「日が昇っているならまだしも、今みたいな夜はかなり冷えるでしょ?    凍え死にます。間違いなく凍え死にます。アンタ、俺を殺す気ですか?    明日アンタの家のドアの前で、俺が死んどってもええんでっか?」  脅迫だ。見知らぬ半魚人に、半魚人自身の命をたてにして、俺は脅されている。  「別に死ねとは思ってへんけどやな」  「でも俺をここから出すってことは、そういうことでしょ」  「いや、でも…半魚人なんか、家にいれても…」  俺が言葉に詰まると、半魚人はプカァと煙を吐き出し、風呂場に持ってきていた  俺の灰皿で、タバコをジュッと消した。何でこいつはこんなに態度がでかいん  だろう。  「もし今日でなくても、これから寒くなる一方やのに、外になんて出たら、   死ぬでしょ? もし死ななくても、半魚人なんて珍しいから、人間に見つ   かったら、見知らぬ研究所とかに売り飛ばされて解剖か、一生飼い殺し   されるでしょ?   アンタ、俺をそういう目にあわせたいんでっか。人でなしですか」  「いや…別にそういうわけじゃ…でも、ここは俺の風呂で…無いと困るわけで」  「アンタが入るぐらいの時間なら、我慢して風呂から出ますがな」  「いやでも…」  「占領しよう言うてるんちゃいます。寒い間だけ、アンタの風呂を借りたい   だけですねん。最近半魚人は住宅難で、困ってるんですわ」  「もっと他に部屋は一杯あるし、他のヤツの部屋を…」  「今、外に出たら死ぬって言うたやないですか。こんな半魚人が住めるぐら   いに沼臭い風呂場、そうそうめったにないんやで?」  「…それは俺の風呂場が汚いっていうことか」  「すばらしいことやないですか」  「……」  俺が反論できなくなったのを見て、決まりやな、というふうに、半魚人は新しい  タバコに火をつけた。今気づいたが、灰皿にはけっこうの量の吸殻が入っている。  俺が買い置きしていたタバコを、吸いまくったらしい。何てやつだ。  「風呂場で半魚人飼うてる人間、なかなかおりませんよ? レアでしょ?」  こうして俺は、半魚人と同棲することになってしまった。  最悪な気分でベッドに入ったら、風呂場から上機嫌の鼻歌が聞こえてきて、俺は  もっと最悪な気分になった。

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