Automatic?

戻る
キス・イン・ザ・ダーク  その日、私は先輩に告白しようとしていました。  飲み会の一次会、二次会、三次会といくうちに、意中の先輩と二人っきりでバーへ行く  チャンスができたからです。  行った先は、静かなクラッシックバー。夜も更け、店内にほとんど人影はなく。  バーのカウンターで、私達は、「今日の飲み会は面白かった」とか、「最近、忙しい」  とか、そんな他愛もない話を続けていたと思います。  「次、何頼む?」  そんな中で、告白の機会をうかがっていると、ふいに、先輩に、そう聞かれました。  気がつくと、一杯目に頼んだ私のカルアミルクは、空になっていました。  私は、メニュー表を見ながら、考えました。  何か、告白っぽい銘柄のカクテルにしよう。  ビットイーン・ザ・シーツは、直接的過ぎる。セックス・オン・ザ・ビーチなんて  恥ずかしくて口にできない。私は、酔っ払った頭で、メニューをじっくりとながめ、  考えに考えた末、口を開きました。  「キス・イン・ザ・ダークを」  当時は、お酒の味を覚え始めた頃です。カクテルの名前なんて、何一つとして知りま  せん。ただ、名前だけで決めたものでした。先輩、アタシ、先輩のことが好き…っ!  先輩と、今夜、暗闇でキスしたいの…っ!  運ばれてきたのは、口紅のような赤い、そして少し暗いカクテル。  今まで私が飲んでいたカルアミルクのグラスとは違う、小さなカクテルグラスに、注が  れていました。  「じゃ、二杯目、乾杯」  先輩とグラスをあわせながら、私は、自分が大人の階段をのぼっている音を聞きました。  先輩は、私の心を知ってか知らずか、笑顔で自分の貧乏っぷりを語っています。  一口、私はカクテルに口をつけました。  超まずい!  いつものカクテルみたいに、甘くない! 舌ががピリピリする! 薬の味がする!  後で知ったのですが、そのカクテルは、ジンやウィスキーが入っている、アルコール  度数の高いお酒でした。私は、この癖のある味に、すっかりやられてしまいました。  一口飲んだ後、二口目をつける気がしなくなってしまったのです。しかし、頼んだから  には、飲み干さないと格好が悪い。…これを飲み干したら、先輩に告白しよう…っ!  と、私は、チビチビと、その薬のような味のカクテルに口をつけました。暗闇でキス。  先輩と、暗闇でキス。その時、すでに一次会、二次会で酔っ払っていた私は、必死に  なって、先輩の話もろくに聞かずに、ただそのキス・イン・ザ・ダークを飲むことに  必死になっていました。  そして、とうとう飲み干しました。  「…三杯目、頼む?」  私は、空になったグラスを置いて、隣にいる先輩にむきなおりました。  「カクテルは、もういいんです。あの、私、あの」  忘れもしません。その時私は、頭が一瞬、フラフラとしました。酒に慣れていないのに、  何杯も酒を飲み、最後に強いお酒をハイペースで飲み干したのです。当然といえば、  当然のことでした。  「先輩、あの、私」  突然。  ガクンッと音がしたか、と思うと、私の肩に強い衝撃がはしりました。目の前が、なぜか  先輩ではなく、天井に変わりました。そして少し遅れて、近くでガラスの割れる音。  私は、酔っ払ってバランスを崩し、カウンターの高いイスから転げ落ちたのです。カウン  ターに置いたグラスも一緒に、落ちて割れました。  慌てる先輩。起き上がろうとして、割れたグラスの上に手をついてしまい、さらに事を  大きくしてしまう私。結局、店員さんに助け起こされて、私達は、そのまま店を出ま  した。もちろん、告白なんてできません。その後、私は、まっすぐ歩けない状態になって  しまい、先輩にタクシーに押し込まれ、家に帰されてしまったのです。そして、先輩は、  二度と二人で飲みにいこう、と誘ってくれなくなりました。というか、二人で話す機会  自体が、減ってしまい、疎遠になってしまいました。  いまだに、あの時。他のカクテルを頼んでいたら、全然違った人生が歩けていたのかな、  と思います。今では、先輩のことは、いい思い出で。「あの時、ゲロ吐かなかっただけ  マシよね」と言うぐらい、ずぶとくなってしまいました。でも、キス・イン・ザ・ダーク  を、普通に飲めるようになっても。飲んだ一口目は、甘酸っぱく、苦い味がしてしまうの  です。

戻る





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送